大阪高等裁判所 昭和37年(ツ)60号 判決 1963年3月25日
判 決
新宮市三輪崎四九〇番地
上告人
岩崎盛太郎
前同所八七一番地
被上告人
岡田浄子
右訴訟代理人弁護士
森啓三
主文
原判決を破毀する。
本件を和歌山地方裁判所に差し戻す。
理由
上告人の上告理由は別紙のとおりである。
土地の所有者が、不法占拠を理由に、土地明渡の請求訴訟を提起し、その訴訟の係属中、右土地の占有者が右土地を賃借したと主張する日より後の期間の賃料の支払を催告した場合、右占有者が右催告に応じても、所有者において、なお不法占拠の主張を維持し、第一次的に損害金第二次的に賃料としてならば受領するが第一次的に賃料としてはこれを受領する意思でないことが明確であると認められるときは、右催告は契約解除の前提たる効力がないと解するのが相当である(大阪高等裁判所昭和三五年九月二九日第八民事部判決、高等裁判所民事判例集第一三巻七二七頁参照)。
もつとも、前記のような訴訟の係属中、前記のような賃料支払の催告がなされた場合、所有者において、なお不法占拠の主張を維持していたからといつて、第一次的に賃料としてこれを受領する意思がないことが明確である、と推定するのは相当でない。
さて、原判決は、被上告人のなした賃料催告の書面(甲第五号証)には、まず不法占拠を理由として本件土地の明渡を求める旨を主張したうえ、仮に上告人がその主張のとおり右土地の賃借人であるとすれば、「賃料(または損害金)」として、合計金一二、〇五三円の支払を催告する旨記載され、更にその末尾には速かに右土地の明渡を求める旨の記載がある事実を認定し、しかもその催告書が、本訴が第一審裁判所に係属中被上告人において上告人に対し不法占拠による本件土地の明渡を求める主張を維持しながら差出されたものであることは記録上明白であるが、そのような事情の下にそのような文意の催告書が差出された以上、たとえ上告人が催告金員を提供しても被上告人は第一次的には賃料としてこれを受領する意思でないことが明確であると認めるのが相当である。
原判決の判示する事情は右催告書の文意を「第一次的に賃料として受領しない意思が明確であるとは認められない」と見る事由として納得するに十分ではなく、結局原判決はその理由が不備であるというのほかはない。
したがつて、原判決には判決に影響を及ぼすこと明かなる法令の違背がある。
よつて、原判決を破毀し、本件を和歌山地方裁判所に差し戻すべく、主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第八民事部
裁判長裁判官 石 井 末 一
裁判官 小 西 勝
裁判官 中 島 孝 信
上告理由
原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反があると思料する。
一、原判決は本件催告の有効性を認めるに当り「土地の所有者が、不法占拠を理由に、土地明渡の請求訴訟を提起し、その訴訟係属中に、右土地の占有者がこれを賃借したと主張する日以後の賃料の支払を催告した場合、右占有者がその催告に応じても、所有者がなお不法占拠の主張を維持し、第一次的に損害金、第二次的に賃料としてのみ受領する意思であり、第一次的に賃料として受領する意思がないことが明確と認められる場合には、右催告は契約解除の前提たる効力がないと解するのが相当である。」との判断を前提としている。然し乍ら、土地所有者が単に訴訟前の段階で賃借関係の不存在を主張している場合ならいざ知らず、既に賃借関係を否認しこれを理由に明渡訴訟を提起している場合に於いては、該催告は、一般的に、土地所有者において第一次的には損害金として受領する意思であると推定するのが相当であり、前記の場合においてもかかる観念を前提として解釈すべきであると考える。不法占拠を理由に明渡訴訟を提起し乍ら、これと相容れない第一次的に賃料として受領すると認められる場合は、吾人の経験常識上極く例外に属するからである。従つて不法占拠を理由に明渡訴訟を提起し、その係属中に賃料の支払を催告する場合は、所有者において損害金としてではなく第一次的に賃料として受領する意思であることを明確にした場合等特段の事情がある場合でなければ、右催告は契約解除の前提たる効力がないと解すべきである。
然るに原判決は、これと異る法的評価をなしたこと前叙の如くであり法令違反の非を免れないと謂うべきである。のみならず、原判決の前叙判断を前提としてみても、原判決は具体的な適用において誤を犯している。即ち原判決は、「本件では被控訴人が、昭和二八年五月八日頃、控訴人から昭和二七ないし二九年分の賃料を受取つたことは前認定のとおりであり、」としてこれを前叙判断の事実資料としているが、右事実は本訴提起数年前の事実であり、原判決の問題とせる訴訟係属中の土地所有者の意思如何の判断とは関係がない。少なくとも、右事実は、原判決にみられる如く判断上の重要事実ではない。又原判決は、本件催告が本件明渡訴訟係属後になされ、本件催告に際し「賃料(または損害金)」として催告し、更にその最終部分に於いて速かに本件土地の明渡を求める旨の記載があることを認定し乍ら、前叙法律判断に基く具体的適用に際しては、これら事実を考慮に入れて判断した如くには解せられない。少なくとも、原判決の前叙法律判断を前提に、前叙事実を認定した以上、これに相反する特段の事情がなければ、当然本件催告は原判決の謂う如く契約解除の前提たる効力がない結論にならざるをえない。
然るに、原判決摘示の事実(前叙訴訟係属前の事実を除外して)のみでは、未だ吾人をして右特段の事情ありと納得さすに足る事実ではない。この点理由不備ないし理由齟齬少なくとも法令違反があると謂うべきである。
以上、原判決は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反があると謂うべく速かに破棄せらるべきものである。